これはある男の身に実際に降りかかった、惨劇である。



2月9日、午前0時。

その男は友人たちと連れ立って、ボウリング場に来ていた。

この日既に2ゲームを消化していた友人たちは、次こそが本当の闘いだと息巻いている。

男も無論それに賛成し、第3ゲームが始まった。

 

男がゲームの続行に賛成したのには、2つの理由がある。

1つは、仲間たちと遊ぶこと自体を楽しんでいたということ。

そしてもう1つは、彼の2ゲーム目のスコアが低かったこと。

2ゲーム目で120台のスコアを出していた友人たちとは違い、男のスコアは86しかなかったのである。

基本的に負けず嫌いな性格である男にとって、この3ゲーム目は、プライドを賭けた大勝負だといってもよかった。

 
 
第1フレーム、1投目。

カッコーン!!

男の直前に投げていた友人は見事ストライクを決め、歓声を上げながらこちらへと戻ってくる。

男はそんな友人とハイタッチを交わし、クラスターの送風口から吹き出す風で手を乾かす。

1ゲーム目から使っている、紫色の14ポンド玉を手に取る。

雑布で丹念に玉を磨き、3本の指をそれぞれの穴に入れる。

そして。

ストライクを取れと煽る友人たちの声援を背に受けて。

自分もストライクを取るという闘志を胸に秘めて。

男はレーンの前に立つ。

玉を胸の前まで持ち上げる。

目を細めて、慎重に狙いを定める。

(ど真ん中に当てられれば…いける)

意を決して、振りかぶる。

玉が床に着くと同時に、男は手を離す。

ごろごろごろ。

玉はゆっくりと、だがしかし重い音を伴って転がっていく。

その軌道は、男が狙っていた通りの一直線。
(よし!)

やがて、玉は1番ピンに接触する。

ガコン!

玉は14ポンドの重みに任せて、全てのピンを薙ぎ倒す。

それを確認した男の右腕は、自然とガッツポーズを取っていた。

(この勝負、もらった!!)

 

第2フレーム、1投目。

同じレーンで投球する友人たちは、先ほどと同様にストライクやスペアを出している。。

男が彼らと対等なスコアを維持しつづけるには、やはりストライクを出すしかない。

その事実は、男のテンションと緊張を、否が応にも張り詰めさせる。

(さっきみたいにやれば、またストライクが取れる)

理想的な軌跡を描いた第1フレーム目を思い出しながら、男は座っていた椅子から立ち上がる。

験を担ぐかのように、先ほどと全く同じ行動を取る男。

クラスターの送風口から吹き出す風で手を乾かす。

14ポンド玉を手に取る。

雑布で丹念に玉を磨き、3本の指をそれぞれの穴に入れる。

男は再び、レーンの前に立つ。

玉を胸の前まで持ち上げる。

目を細めて、慎重に狙いを定める。

腕を振り上げ、投球動作を行なう男。

ごろごろ。

先ほどより、少しだけスピードが速い。

さらに、レーンの真中を過ぎた辺りで大きく左に逸れる。

ごとん。

玉は、男が最も恐れていたところへ―――

横の溝へと吸い込まれていった。

ガーター。

(マジかッ!?)

 

男は精神統一を図るつもりで、一度深く息を吸い込む。

何がまずかったのか、思い返してみる。

そういえば右手薬指には、先ほどの投球にはかからなかった力がかかっていた。

それが余計だったに違いない。

理由が分かれば、後は簡単だ。

左に行かなければいい。

 

第2フレーム、2投目。

(少し右に…少し右に…)

男は「右に」と強く念じながら、玉を投げる。

1投目の失敗を繰り返さないように。

(この1投に全てを賭ける!!)

使い慣れないスナップを効かせて、やや右に玉が行くように仕向ける。

その結果、玉は。

投げられた瞬間に、急激にレーンの右端へと消えていく。

間もなくして、男にとっては死刑宣告に等しい光景が展開した。

ごとん。

またも溝に落ちた玉は、10本も並んでいるピンの横を、10センチばかり低いところで転がっていく。

当然ながら、かすりもせずに消えていく紫色の玉。

ガーター2連発、確定。

 

これで完全に調子を崩した男は、続く第3フレーム、第4フレームの1投目までの3投が全てガーター。

清算時に受け取ったスコアシートは、このような状態であった。
_________________
|  1   |  2 |  3 |  4 |
|×|  |G|―|G|―|G| 9|
| 10   |  10 |  10 |  19|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄(×はストライク記号の代わりです)
 

この後、最後の最後にストライク取りはしたけども焼け石に水。総合的なスコアは75でした。
こんな経験をした人は、きっと他にもいると思う。てゆーか思いこみたい。

P.S.ちなみにクラスターというのは、投げ終わった玉が出てくるあの機械です。
 
 

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